中村高寛監督『ヨコハマメリー』(2006年)

前回の記事でふれたように、

横浜ユーラシア文化館では、

地元の歴史を紹介してます↓


横浜ユーラシア文化館


横浜港が開港したのは

1859年だそうです。


ダーウィンの『種の起源』や

ディケンズの『二都物語』が出たのと

同じ年ですね。


ペリーが浦賀に来た1853年の

6年後のことでした。


それから150年あまり。

横浜は、大発展。

短期間でここまで発展したところって、

なかなか、ないのでは?


横浜ユーラシア文化館の展示によると、

いいことばかりではなくて、

大火事、関東大震災、

太平洋戦争中の空襲と、

横浜もひどい目に遭いました。


その横浜の、特に輝かしい場所といえば、

JR根岸線の、


桜木町(みなとみらい)

関内(官庁街&金融街)

石川町(元町商店街&中華街&高級住宅街)


特に港側(東側)でしょうか。


その中でも、

横浜ユーラシア文化館のある関内は、


ヨーロッパの都市でいうと、

市庁舎や教会のある、

旧市街の広場にあたる、

本当の中心だと思います。


横浜ユーラシア文化館の展示によると、

関内の外側は、

「関外」っていうんだそうです。


JR根岸線でいうと、

関内駅の内陸側(西側)、

「伊勢佐木町ブルース」で有名な、

伊勢佐木町など、歓楽街がある方。


今日ご紹介する『ヨコハマメリー』は、

この伊勢佐木町の、昔の松坂屋あたりにいた、

伝説の娼婦メリーを追う、

ドキュメンタリー映画です↓


中村高寛監督『ヨコハマメリー』公式サイト


DVDの表紙↓


ヨコハマメリー [DVD]



写真を見ておわかりのとおり、

メリーさんは顔を真っ白に塗り、

さらにアイシャドウで目の周りを真っ黒にし、

フランス人形みたいな服を着た、

インパクトのある外見をしています。


わかりやすい外見と対照的に、

メリーさんの実像はつかみにくく、

監督はメリーさんと、

ひととき縁のあった人たちに、

インタビューをしていきます。


娼婦でホームレスのメリーさんを、

特に排除しないという形で受け入れたり、

商売を通じて見守ったり、

一歩踏み込んで助けたりした、

地元の人たち。


メリーさんに魅かれ、

メリーさんの映画を撮ろうとした人

(この企画は流れた)、

メリーさんを舞台で演じた女優さんなど。


メリーさんのことを語る時に

よく出てくるのが、

「プライドが高い」です。


娼婦として、どこにも属さず、

完全に独立してやっていて、

お客も、アメリカの将校以上とか、

えり好みしていたという噂。


そして「メリー」以外にも、

「皇后陛下」とか、「きんきらさん」

というあだ名もあったそうです。


このあだ名からもわかるように、

メリーさんは気位が高いだけじゃなく、

気品があり、


自分が美しいだけじゃなく、

美しいものを好んだようです。


だから舞踏家とか写真家とか、

芸術を生業とする人に、

インスピレーションを与えました。


メリーさんを語る人物で、

一番中心となるのが、

映画の影の主役ともいえる、


シャンソン歌手の永登元次郎

(ながと がんじろう 1938-2004)さん。


地元では有名な歌手でした。


終戦後、台湾から引き揚げてきて、

なんとか大人になり、

東京で歌手になる夢に破れ、

川崎の堀之内で男娼をしたりした後、


横浜に落ちつき、

シャンソンをきかせるお店を持ちました。


収録時、既に末期がんでした。


「かんじろうが、ガンになった」とか、

芸能で舞台に立つ人特有の、

粋で面白いけど、人を傷つけないよう

細心の注意を払った話し方をする人。


引き揚げ者、お父さんがいない、

同性愛者、水商売と、

今の常識では想像できないような、

苦労があったのかな。


50年代くらいまでは、

みんな自分のことで精いっぱいで、

案外自由だったのかな。


メリーさんを追う映画ですし、

元次郎さんは愚痴を言わないタイプなので、

その辺のコメントはありませんでした。


映画の最後に、

故郷の養老院に入ったメリーさんが、

出てきます。


元次郎さんが、養老院の集会室で

シャンソンのライブをやるんですが、

あの特殊メイクをしていないメリーさんは、

上品で、目立って美しい人でした。


元次郎さんが歌う歌詞の、

フレーズごとにうなずいていました。


実はこの映画を見終わっても、

メリーさんのことは、

最後まで、よくわかりませんでした。


最後に文字通りの「素顔」が

出てきたわけですが、

本当の姿を見た気はしなかったです。


メリーさんのことを書いた

作家の山崎洋子さんが、

あの白塗りメイクは「仮面」だって

言ってたけど、


メリーさんは、

何十年も仮面をつけ続けたせいで、

メイクをとっても、

エア仮面をつけることができた、


またはつけずにはいられなかったんじゃ

ないでしょうか。


素顔でも、「演技中」って風情でした。


それは、メリーさんが肉声で自分のことを

語る場面がゼロであり、

素顔のシーンも横顔が主という、

撮影や編集の効果も大きいと思います。


でもメリーさんが

「こういう私を見てね」と

思ってるんだとしたら、


その姿をすなおに見る方が、

メリーさんを尊重することになりますね。


「プライドが高い」というメリーさんが、

元次郎さんや横浜の人たちから、

親切を受け取れたのも、

そういう姿勢で、接っしてくれたからかも。


メリーさんのことはわからなかったけど、

元次郎さんの人生は、よく伝わりました。


どうしてメリーさんを助けたくなったのか、

話すことで、

元次郎さん自身の経験が、

見えてきました。


元次郎さんも、ステージに立つ時は、

かつらをつけてメイクをしたりするんですけど、

本当の「素顔」が、しっかりうつっていました。


誰かのことを知りたい時、

その人に自分のことを話してもらうより、

他の誰かのことを話してもらった方が、

その人のことが、よくわかるのかも。


元次郎さんが、養老院で歌う「マイウェイ」と、

「哀しみのソレアード」は、感動でした。


元次郎さんが歌うと、歌詞がリアル。


DVDには、最後のライブ映像の特典がついていて、

その時の歌もすごかったです。


元次郎さんの苦しみと引きかえに、

自分はカタルシスで気持ちよくなってる、

と複雑な思いがしましたが、


しばらくすると、

元次郎さんなら

「それが歌手の仕事だよ」って

言ってくれる気がしてきました。


「自分から歌を取ったら何もない」と

数回言ってたし、


元次郎さんも、

歌っている姿を見てもらって、

すっきりしてもらうのが、

一番うれしかったと思いたい。


監督の中村高寛(なかむら たかゆき)さんは、

1975年、横浜生まれ。

まだ若い時に、この映画を作りました。


by 川崎


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by eikokushosetsu | 2018-03-19 18:24 | 映画と文学