プレミアムドラマ「平成細雪」と谷崎潤一郎『細雪』

谷崎潤一郎(1886-1965)の『細雪』(1944-1948)のドラマが、

もうすぐ始まります。


プレミアムドラマ「平成細雪」201817日(日)から、

毎週日曜[BSプレミアム]午後10:00、全4回↓

バブル崩壊後の平成初期に設定を変えてます。

番組広報では、着物姿が出てますが、

私は、洋装が楽しみ。あの頃の服やメイクが見たい。


尺も3時間半くらいで、

映画よりずっと長編向きの長さ。


最後に読んでから時間が経っている上に、

手元に原作がないので、

適当ですみませんが、原作の一読者として、

ドラマの楽しみな点を、4つほど書いてみます。


私の興味が偏っているので、以下を読んで、

あらすじ全体がわかることはないですが、

三女・雪子の見合いや、四女・妙子の恋の行方を、

あまり知りたくないという方は、

ここでストップしてくださいね。



1、喜劇か、悲劇か?

『細雪』の冒頭は、

三女・雪子の見合い相手の品定めから始まります。

それも、収入が何円とか、かなり現金。


さらに、テンポよく関西弁で話すので、漫才みたい。


この辺は、ジェイン・オースティン(Jane Austen, 1775-1817)の

『自負と偏見』(Pride and Prejudice, 1813)の出だしにそっくり。

(『高慢と偏見』と訳されることも)


ジェイン・オースティン『自負と偏見』

小山太一訳、新潮文庫、2014年。↓


雪子は、何度も見合いをしますが、

いつも何かしらケチをつけて、断ってしまいます。


この辺までは、

雪子はやっぱり、結婚したくないんだな、

人間の本音は行動に出るって、本当なんだと、

身につまされ、苦笑いできます。


しかし、今度こそまとまるか、と思われた縁談に対して、

最後の最後で雪子が下痢をすると、

もう笑えません。


体が、心と一緒に、全力で結婚を拒否しているんだ、

頭でどんなにわかったふりをしても、

体は都合よくはいかないんだ、

と怖くなります。


清少納言&ジェイン・オースティン風に楽しく始まったのに、

地滑りとか、病気とか、

いつのまにか紫式部&メアリー・シェリー風に暗くなる感じを、

ドラマはどういう風にするのか、楽しみです。


予想ですが、シリアスなシーンは、

和装なのかな、と思います。


だって、バブル時代の余韻が残った、

あの髪型、服装、メイクが出てくると、

どこか面白がってしまいそうですから。



2、ナレーターは、関西弁か?

『細雪』の出だしでは、

小説のナレーターが語る「地の文」も少し入りますが、

基本的に、雪子の見合い相手の品定めの会話が、

関西弁で続きます。


その後、地の文が長く続くところに来ても、

そのまま頭の中で、関西弁になってしまいます。


これはみなさまも同じでしょうか?


ちなみに私は、関西弁はしゃべれません。

なので、ここでいう「関西弁」とは、

全国の誰がきいても、だいたい関西方面の言葉と認識できる

「関西弁のイデア」くらいの意味です。


『細雪』の朗読は、きっとあると思うのですが、

地の文は、関西弁になっているのでしょうかね?

それとも、標準語?


朗読のナレーターの、性別とアクセントの問題は、

結構気になります。


気にはなるけど、自分の経験しかわからないので、

自分と同じ経験を、他の人もするのかわからず、

もやもやします。


例えばエミリ・ブロンテ(EmilyBrontë, 1818-1848)の

『嵐が丘』(Wuthering Heights, 1847)のナレーターは、


女の朗読者が最初から最後まで語るもの、

男のロックウッドの部分は男で、

女のネリーの語りは女のナレーターにするなど、いろいろです。


私がこれまでで一番驚いた小説の朗読は、

ダフネ・デュ・モーリア(Daphne du Maurier, 1907-1989)の

『レベッカ』(Rebecca, 1938)の、こちらの朗読です。


Talking Classics: Daphne du Maurier’s Rebecca.

Read by Jenny Agutter and Simon Williams. Orbis, 1994.




小説『レベッカ』の最大の特徴は、

主人公が自分の過去を語るという、

ナレーション設定だと思います。


自分で自分のことを語っているので、

自分の名前を呼ぶ必要がなく、


ずっと「わたし」を使っているのに、

いや、「わたし」を使えば事足りるからこそ、

主人公の名前が、最後までわからないという小説です。


ちなみに、谷崎の『細雪』でも、

雪子が『レベッカ』を読んでいたと思います。


その『レベッカ』の、この朗読CDを聞いて、

衝撃を受けました。


なぜかというと、

冒頭、女のナレーターが語りはじめるのは、

「わたし」らしくて、よいのですが、


しばらくしてマキシムと会話するところに来ると、

マキシムの台詞を、なんと、

男のナレーターが担当するんです。


同じ人が一人で最初から最後まで語るところが、

私には魅力だったので、

もはや『レベッカ』に思えなくなってしまいました。


でもひょっとして、

『レベッカ』に、映画から入った人は、

それほど違和感がないのかもしれません。


この辺も、自分ではもう実験できなくて残念。


プレミアムドラマ「平成細雪」に、ナレーターはいる場合、

関西弁なのかどうか、楽しみです。


私の予想では、

ナレーターが登場人物の誰かの場合は、関西弁。


ナレーターが登場人物でない場合は、

中年以降の男の人で、標準語。

これは谷崎のイメージです。



3、辰雄の描かれ方は?

これは個人的な印象かもしれませんが、

辰雄(長女・鶴子の婿、本家の兄さん)って、

少しかわいそうな感じがしませんか?


妻である鶴子はともかく、

幸子、雪子、妙子の三姉妹は、

なんだかんだと、辰雄を敵に見立て、

スケープゴートにしている気がします。


日本文学研究や、テレビドラマ制作については、わかりませんが、

少なくとも、イギリス小説研究においては、

女性だけでなく、男性の苦労にも注目するように、なっています。


ブロンテきょうだいの研究においても、

唯一の男子のブランウェルへの注目(&共感)が高まっています。


ブロンテ家を描いた最新ドラマでも、

ブランウェルの存在感が大きかったです。


BBCドラマ To Walk Invisible2016)↓

To Walk Invisible [DVD]



私はこのドラマを見るまで、

「ブランウェルが家にいる」というのが、

実際どういうことなのか、

ちゃんと想像できていませんでした。


役者がジョン・レノンに似ているのは、

意図的に、繊細で、才能があって、不運な人、

にしたかったのでしょうか?


このドラマでは、

姉妹に比べ、さほど遜色のない才能はあったのに、

心が少し弱いために、悪循環に陥り、

長女シャーロットに嫌われ、家族の中で孤立した、

弱者、犠牲者、さらには殉教者?という描き方でした。


『細雪』も女性が主役であるがゆえに、

かえって男である本家の兄さんが、

どの程度注目されているのか、いないのか、

しっかり見たいと思います。



4、猫の鈴ちゃんは登場するか?

姉妹の家には、鈴という高齢のメス猫がいて、

この子が最後に出産します。


鈴は、毎年のように妊娠して、出産経験豊富ですが、

その分高齢なので、姉妹も手伝います。


ちなみに猫は、発情期がある上に、交尾の後に排卵するので、

受胎率はほぼ100パーセント。


さらに戦前は、ペットの避妊手術も、

普通ではなかったでしょうから、


鈴ちゃんの度重なる妊娠・出産は、メス猫の運命であり、

「そういうものだから」という現象だと思います。


『細雪』の最後は、この鈴の出産と、

四女・妙子(こいさん)の出産が、

パラレルで描かれます。


妙子の妊娠が「そういうもの」なのかどうかは、

どうでしょうね。

特に平成初期では、微妙かもしれません。


それはともかく、この鈴ちゃんは、

妙子の分身ともいえる、重要な存在です。


だからドラマで、鈴が登場するか、

登場する場合、出産シーンがあるかどうか、

とても楽しみ。


私の予想では、出産シーンは、ない。

猫の新生児を調達するのが、大変そうだから。


でも、鈴は、時々写るんじゃないでしょうか。

今、猫ブームですし。


芦屋の家には、犬もいたと思いますが、

戌年が明けたばかりですので、

その子も出るかもしれませんね。


二匹一緒に、ぜひ登場してほしいです。



「平成細雪」、楽しみたいです101.png


by 川崎


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by eikokushosetsu | 2018-01-03 10:33 | 映画と文学