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英国小説研究

デレク・シアンフランス監督『光をくれた人』、フランス・ミュージカル『十戒』、Ruth Vander Zee作 Roberto Innocenti絵『エリカの話』

最近、よい映画を見て、

芋づる式に、よいミュージカルと

絵本のことも思い出したので、

三つともご紹介します。


まず、デレク・シアンフランス

監督の映画『光をくれた人』

The Light Between Oceans, 2016)↓


​光をくれた人


舞台は、第一次世界大戦後の

オーストラリア。

灯台守の夫とその妻の話。


あらすじを、大部分書きますので、

知りたくない人は、

読まないでくださいね。


第一次世界大戦から戻った

兵士のトム

(マイケル・ファスベンダー)は、

小島の灯台守になります。


母国では英雄扱いされますが、

トム自身は、「敵を大勢殺した」、

「仲間が命を落としたのに、

自分は生き残った」

という思いを隠し持ち、暗いです。


それでも岸側の村に住む

イザベル(アリシア・ヴィキャンデル)と

恋に落ち、結婚して、

小島で二人で暮らすうちに、

光を取り戻していきます。


(二人は実生活でも、

映画の撮影後に、

結婚したそうですよ。)


順調な結婚生活でしたが、

嵐の日に、イザベラが流産。

また妊娠しますが、同じ結果に。


このタイミングで、

小島にボートが漂着します。


中には、金髪の男性の遺体と、

その人の子供らしき、女の赤ちゃんが。


イザベルは、流産の事実を伏せ、

この子を自分の子として

育てると言い張ります。


トムは、本部に報告しようと

しますが、妻のあまりの勢いに、

タイミングを失ってしまいます。


子供はルーシー(光)と

名づけられました。



ところが、トムが

間もなく真実を知ります。


ハナ(レイチェル・ワイズ)という

村一番の金持ちの娘がいるんですが、


ボートの中の男性は、

このハナのドイツ人の夫、

赤ちゃんは、

二人の子供のグレイスでした。


トムは思わず、妻に内緒で、

ハナに匿名の手紙を書き、

「赤ちゃんは無事です」と

伝えます。


ハナの気持ちを考えたんですね。


ハナは捜索を続けます。


夫婦は、ルーシーを大切に育てます。

ルーシーも、幸せいっぱいに育ちます。


でも、真実が明らかになるのも、

時間の問題でした。


ついに警察が来ると、トムは、

すべて自分一人がやったことに

しようと、妻に提案します。


ムとしては、

戦争から死んだようになって

帰って来た自分が、

思いがけず幸せになれた、


灯台での生活は、そもそも、

おまけみたいなものだった、

として、自分の人生には

執着がありません。


妻のイザベルは、わざわざハナに

匿名で知らせた夫がゆるせず、

夫の言うとおり、夫に罪を被せます。



実母ハナは、ルーシー(グレイス)と

暮らし始めますが、娘は懐きません。


ついに、ルーシーが、

失踪する事件が起きます。


ハナは、わが子が無事でいてくれる

だけでいいと、願います。


ルーシーは無事でした。

灯台のおうちに帰ろうとして、

眠り込んでしまったのでした。


ハナの脳裏に、

死んだ夫がよみがえります。


夫は、敵国ドイツの人だったので、

村で嫌がらせを受けていました。


ボートの中で亡くなったのも、

実は嫌がらせが遠因だったんです。


でもこの人は、「ゆるす」ことを

ルールにしていました。


(ここはすごく大事なんですけど、

回想シーンでさらっと行くので、

あわてました)


ハナは、ルーシーが無事だった

ことに感謝し、トムとイザベルを

ゆるすことにします。


こうして「ゆるすこと」が

連鎖していきます。


『ペイ・フォーワード』の

「ゆるし」版みたいな感じ。


ドイツ人の夫から妻ハナへ 

ハナから養母イザベルへ 

イザベルから夫トムへ 


そして最後に。。。

これは、言わないでおきますね101.png



ドイツ人の夫の

「ゆるす」習慣については、

私にはとても整理できませんが、


これとは別に、やはり

キリスト教的概念に関して、

長年もやもやしていたことが、

解決した気がするので、


私事ですが、

そっちについて書きます。


長年もやもやしていたのは、

あるチャプレンの

「愛に対象はいらない」

という言葉。


愛に対象はいらない


みなさま、わかりますか?

私には、よくわかりませんでした。


しばらくして、「愛する対象があるから

愛する」のじゃなくて、

「自分は愛する」で完結する、

自動詞的な態度のことかな?


よくいう「愛することを習慣にしよう」

ってやつかな?と思い、


今一つわからないけれども、

愛することは、

全体としてはいいことだろうから、

まあいいか、とうやむやになってたんですが、


この映画を見て、

自分なりに納得できた気がします。



トムとイザベルが、

ルーシーを手塩にかけて育てる、

美しいシーンを見ているうちに、


これがルーシーじゃなくて、

無事に生まれた

自分たちの子だったとしても、


きっと同じことをしたんだろうな、

と思ったんです。


つまり対象が、

自分たちの子供でも、

助けた子供でも、


愛するという行為は同じ、

誰でもよかった。

愛に「特定」の対象はいらない。


「目の前に差し出されたものを、

愛しましょう」、

それなら理解できる。


「きたものを、認めましょう」

までいけば、仏教的になって、

さらにわかりやすい。


キリスト教的には

「神様からのプレゼントを、

受け取りましょう」

になるんでしょうか。


マザー・テレサも、

自分たちのやり方は、

効率が悪いって言われるけど、


目の前に倒れてる人がいたら、

助ける、それ以外ありますか?って、

どこかで言ってました。



動物の話になって恐縮ですが、

ある人から、きいた話です。


行先のない犬や猫と

その里親候補を

マッチングする時、

まずは一回「お見合い」

するんだそうです。


里親になろうとしている人たちは、

最初は「黒猫のオスがいい」とか、

具体的な希望があるそうなんですが、


一回お見合いしたら、

希望と違っていても、


その子に決まることが、

ほとんどなんだそうです。


つまり、一度会ったら、

「あ、この子だ、この子以外

ありえない」って納得する、

つまり、対象は何でもいい。


ルーシーが小舟で流れ着いて、

トムとイザベルが助け、

我が子として育てるのを見て、


真っ先に思い出したのは、

「旧約聖書」のモーセでした。


「出エジプト記」によると、

エジプトの王は、へブル

(ユダヤ)人に男子が生れたら、

ナイル川に投げて殺すように

命じます。


モーセを生んだヨケベドは、

モーセをなかなか手放せず、

密かにかごに入れ、

ナイル川の葦の中に隠します。


それを王の娘が見つけ、

ユダヤの子と知りつつ助け、

モーセは王家の子として

育ちます。


フランスのミュージカル『十戒』

Les Dix Commandements)は、

そんなモーセの生涯を描きます。


上演は2000年。

Pascal Obispoの音楽が素晴らしく、

私はスタジオ録音とライブ録音の

両方のCDを持ってます。


動画サイトでも全編見られます。


スペクタクル・ミュージカル

「十戒」オリジナルキャスト

(スタジオ録音版)↓


スペクタクル・ミュージカル「十戒」オリジナルキャスト


このミュージカルの最初の方に、

Je laisse à l'abandon

という曲があり、


この曲を聴いていると、

モーセを拾った

エジプトの王の娘も、


『光をくれた人』のイザベルや、

犬猫の里親になろうとしている

人たちと、同じ気がするんです。


つまり、


あ、あそこに赤ちゃんが!

助けなきゃ(それ以外、ない)


あれ、これは、

うちの子では?(なーんだ)

育てましょ(当然だし)


みたいな感じです。


モーセは「出エジプト記」によると

「麗しい」赤ちゃんという設定ですが、


特に美しくなくても、

カリスマを感じなくても、

同じだったんじゃないでしょうか。


世俗的解釈ですが、私はそう感じます。


次のキーワードで

動画検索してみてくださいね。


王の娘がモーセを救う場面。

王の娘と、産みの親のヨケベドが、

それぞれの思いを歌います↓

「les dix commandements je laisse a labandon」



Oh Moïse」という曲では、

さらにモーセの兄と姉も加わり、

モーセへの思いを歌いあげます。


姉ミリアムの独特の歌唱法が

胸を打ちます↓

「les dix commandements oh moise」



このミュージカルの代表曲

Mon frère」もどうぞ。

大人になったモーセが見られます↓

「les dix commandements mon frere」



ミュージカル『十戒』では、

モーセの母ヨケベドは、

モーセを手放すだけで

精一杯でした。


ヨケベドがその時の

自分なりの最善を尽くし、


その後のモーセの運命は、

すぐに王の娘が引き取ります。


次に紹介する英語の絵本でも、

親が子供を手放します。


「対象が何であれ、愛する」

そんな人がいることを、

信じたんじゃないかと思います。


あらすじが大方わかるように書きますので、

読みたくない人は止めてくださいね。


Erika’s Story.

Written by Ruth Vander Zee.

Illustrated by Roberto Innocenti.

Jonathan Cape, 2003


Erika's Story


エリカは1944年生まれ。


正確な誕生日も、

家族のことも、

自分の本名も、

わかりません。


大人のエリカは、

自分が経験したはずの話を、

想像しながら語ります。


エリカの両親は、ゲットーから、

列車に乗せられ、

どこかに連れて行かれる

ことになりました。


どこに連れていかれるのかは、

よくわかりません。


でも家畜用の車両に

すし詰めで立たされ、

移動するうちに、


行き先は、どうやら

よくないところだと、

わかってきます。


そして、両親は、

決意し、実行します。


ある村を通り過ぎるとき、

毛布にくるんだエリカを、


人々が待つ踏切付近で、

少しでも衝撃が少ないように、

小さな草地めがけて、


列車の隙間から、

放り投げたのです。



エリカはどうなったか?


今、自分の話を語っている

ということは、

生きているんですね。


誰かがエリカを拾って、

エリカを育てることになる

女の人のところに、

連れて行ったのです。


誰もが命がけでした。


今回は「愛に対象はいらない」

をめぐる、きわめて私的な

感想になりましたが、


3つの作品自体は

傑作ですので、よかったら、

見てみてくださいね。


最後に、エリカのお母さんが、

エリカを放り投げるところを

引用して終わります。


"On her way to death,

my mother threw me to life."



by 川崎


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# by eikokushosetsu | 2018-02-09 19:55 | 映画と文学

洋書絵本 ジェニファー・アダムズ・文、アリソン・オリヴァー・絵、『嵐が丘』、『ジェイン・エア』

今日は、多分世界で一番かわいい、

『嵐が丘』と『ジェイン・エア』のご紹介です。


古典文学を使って、

子供に特定の語彙をおぼえてもらう、

Baby Litシリーズ。


例えば、

バーネットの『秘密の花園』では、花の名前、

キプリングの『ジャングル・ブック』では、動物の名前が、

学習できるように、なってます。


まずは、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』。

特化してるのは。。。「天気」です。


Jennifer Adams. Art by Alison Oliver.

Wuthering Heights: A Weather Primer. Gibbs Smith, 2013


「jennifer adams, alison oliver, wuthering」の画像検索結果



この本は、9つの天気を選び、

原文から、該当する部分を抜き出して、

添えています。


9つの天気とは、


breezy

sunny

cloudy

windy

stormy

rainy

misty

snowy

still


です。


9つのイラストすべてに、

嵐が丘屋敷があって、


さらに、例えば「Sunny」だったら、

太陽が照っていて、お花が咲き、

女の子が、洗濯ものを外で干してます。


ブロンテ姉妹の小説で、どの気象が一番よく出てくるか、

調べた論文があります↓


Chesney, Rebecca. “The Brontë Weather Project 2011-2012.”

Brontë Studies 39. 1 (2014): 14-31.


この論文によると、『嵐が丘』で一番多いのは、

「風」で、20パーセント。

これは、イメージどおりかも。


2位は、「太陽」で、14.8パーセント。

少し意外?


ちなみに『ジェイン・エア』は「雨」、

アンの 『ワイルドフェル館の住人』は、「太陽」だそうです。

おもしろいですね。



次は、シャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』。


Jennifer Adams. Art by Alison Oliver.

Jane Eyre: A Counting Primer. Gibbs Smith, 2012


Jane Eyre: A BabyLit® Counting Primer (English Edition)


この本で勉強するのは、

数の数え方です。


ガヴァネスが、ひとり、

トランクが、ふたつ、

という具合に、10までいきます。


私が一番反応したのは、

「絵が、はちまい」の中の、パイロットのスケッチ。


パイロットは、ロチェスターの犬です。


パイロットは、

ジェインとロチェスターが初めて会った時も、

ロチェスターより先に現れ、


二人が一度別れて、やっと再会する時も、

主人より先に、ジェインに気づきます。


19世紀中期の小説では、

夫婦でもない男女が一緒にいるのは、よろしくない、

ということで、

犬がいることがありますが、

パイロットも、付き添い役を兼ねてます。


深読みすると、

難所の多い湾の中を、

港まで案内する「水先人」という名のとおり、


ジェインが無事に、

ロチェスターと一緒になれるように、

助けてくれる犬なのかも。


イラストのパイロットは、

体に比べて、頭、特に耳が大きくて、

まだ子供なんだと思います。


大型犬のパイロットにも、

小さい頃があったんですね101.png


アリソン・オリヴァー氏によるイラストは、

『嵐が丘』も『ジェイン・エア』も、


全体としては楽しい感じですが、

色が濃いめ、暗いめで、ゴスっぽいです。

ファッションでいうと、アナ・スイみたいな感じ。


細部も、葉っぱ一枚、本一冊、

どこをとっても、本当にかわいいです。


私の持っているのは、紙の本で、

ややマットな感じが、味になってますが、


電子ブック版は、解像度が高くて、

また違った美しさがあるのかもしれませんね。


以上、洋書絵本のご紹介でした。


by 川崎


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# by eikokushosetsu | 2018-02-02 11:22 | 小説と芸術

プレミアムドラマ「平成細雪」と谷崎潤一郎『細雪』

谷崎潤一郎(1886-1965)の『細雪』(1944-1948)のドラマが、

もうすぐ始まります。


プレミアムドラマ「平成細雪」201817日(日)から、

毎週日曜[BSプレミアム]午後10:00、全4回↓

バブル崩壊後の平成初期に設定を変えてます。

番組広報では、着物姿が出てますが、

私は、洋装が楽しみ。あの頃の服やメイクが見たい。


尺も3時間半くらいで、

映画よりずっと長編向きの長さ。


最後に読んでから時間が経っている上に、

手元に原作がないので、

適当ですみませんが、原作の一読者として、

ドラマの楽しみな点を、4つほど書いてみます。


私の興味が偏っているので、以下を読んで、

あらすじ全体がわかることはないですが、

三女・雪子の見合いや、四女・妙子の恋の行方を、

あまり知りたくないという方は、

ここでストップしてくださいね。



1、喜劇か、悲劇か?

『細雪』の冒頭は、

三女・雪子の見合い相手の品定めから始まります。

それも、収入が何円とか、かなり現金。


さらに、テンポよく関西弁で話すので、漫才みたい。


この辺は、ジェイン・オースティン(Jane Austen, 1775-1817)の

『自負と偏見』(Pride and Prejudice, 1813)の出だしにそっくり。

(『高慢と偏見』と訳されることも)


ジェイン・オースティン『自負と偏見』

小山太一訳、新潮文庫、2014年。↓


雪子は、何度も見合いをしますが、

いつも何かしらケチをつけて、断ってしまいます。


この辺までは、

雪子はやっぱり、結婚したくないんだな、

人間の本音は行動に出るって、本当なんだと、

身につまされ、苦笑いできます。


しかし、今度こそまとまるか、と思われた縁談に対して、

最後の最後で雪子が下痢をすると、

もう笑えません。


体が、心と一緒に、全力で結婚を拒否しているんだ、

頭でどんなにわかったふりをしても、

体は都合よくはいかないんだ、

と怖くなります。


清少納言&ジェイン・オースティン風に楽しく始まったのに、

地滑りとか、病気とか、

いつのまにか紫式部&メアリー・シェリー風に暗くなる感じを、

ドラマはどういう風にするのか、楽しみです。


予想ですが、シリアスなシーンは、

和装なのかな、と思います。


だって、バブル時代の余韻が残った、

あの髪型、服装、メイクが出てくると、

どこか面白がってしまいそうですから。



2、ナレーターは、関西弁か?

『細雪』の出だしでは、

小説のナレーターが語る「地の文」も少し入りますが、

基本的に、雪子の見合い相手の品定めの会話が、

関西弁で続きます。


その後、地の文が長く続くところに来ても、

そのまま頭の中で、関西弁になってしまいます。


これはみなさまも同じでしょうか?


ちなみに私は、関西弁はしゃべれません。

なので、ここでいう「関西弁」とは、

全国の誰がきいても、だいたい関西方面の言葉と認識できる

「関西弁のイデア」くらいの意味です。


『細雪』の朗読は、きっとあると思うのですが、

地の文は、関西弁になっているのでしょうかね?

それとも、標準語?


朗読のナレーターの、性別とアクセントの問題は、

結構気になります。


気にはなるけど、自分の経験しかわからないので、

自分と同じ経験を、他の人もするのかわからず、

もやもやします。


例えばエミリ・ブロンテ(EmilyBrontë, 1818-1848)の

『嵐が丘』(Wuthering Heights, 1847)のナレーターは、


女の朗読者が最初から最後まで語るもの、

男のロックウッドの部分は男で、

女のネリーの語りは女のナレーターにするなど、いろいろです。


私がこれまでで一番驚いた小説の朗読は、

ダフネ・デュ・モーリア(Daphne du Maurier, 1907-1989)の

『レベッカ』(Rebecca, 1938)の、こちらの朗読です。


Talking Classics: Daphne du Maurier’s Rebecca.

Read by Jenny Agutter and Simon Williams. Orbis, 1994.




小説『レベッカ』の最大の特徴は、

主人公が自分の過去を語るという、

ナレーション設定だと思います。


自分で自分のことを語っているので、

自分の名前を呼ぶ必要がなく、


ずっと「わたし」を使っているのに、

いや、「わたし」を使えば事足りるからこそ、

主人公の名前が、最後までわからないという小説です。


ちなみに、谷崎の『細雪』でも、

雪子が『レベッカ』を読んでいたと思います。


その『レベッカ』の、この朗読CDを聞いて、

衝撃を受けました。


なぜかというと、

冒頭、女のナレーターが語りはじめるのは、

「わたし」らしくて、よいのですが、


しばらくしてマキシムと会話するところに来ると、

マキシムの台詞を、なんと、

男のナレーターが担当するんです。


同じ人が一人で最初から最後まで語るところが、

私には魅力だったので、

もはや『レベッカ』に思えなくなってしまいました。


でもひょっとして、

『レベッカ』に、映画から入った人は、

それほど違和感がないのかもしれません。


この辺も、自分ではもう実験できなくて残念。


プレミアムドラマ「平成細雪」に、ナレーターはいる場合、

関西弁なのかどうか、楽しみです。


私の予想では、

ナレーターが登場人物の誰かの場合は、関西弁。


ナレーターが登場人物でない場合は、

中年以降の男の人で、標準語。

これは谷崎のイメージです。



3、辰雄の描かれ方は?

これは個人的な印象かもしれませんが、

辰雄(長女・鶴子の婿、本家の兄さん)って、

少しかわいそうな感じがしませんか?


妻である鶴子はともかく、

幸子、雪子、妙子の三姉妹は、

なんだかんだと、辰雄を敵に見立て、

スケープゴートにしている気がします。


日本文学研究や、テレビドラマ制作については、わかりませんが、

少なくとも、イギリス小説研究においては、

女性だけでなく、男性の苦労にも注目するように、なっています。


ブロンテきょうだいの研究においても、

唯一の男子のブランウェルへの注目(&共感)が高まっています。


ブロンテ家を描いた最新ドラマでも、

ブランウェルの存在感が大きかったです。


BBCドラマ To Walk Invisible2016)↓

To Walk Invisible [DVD]



私はこのドラマを見るまで、

「ブランウェルが家にいる」というのが、

実際どういうことなのか、

ちゃんと想像できていませんでした。


役者がジョン・レノンに似ているのは、

意図的に、繊細で、才能があって、不運な人、

にしたかったのでしょうか?


このドラマでは、

姉妹に比べ、さほど遜色のない才能はあったのに、

心が少し弱いために、悪循環に陥り、

長女シャーロットに嫌われ、家族の中で孤立した、

弱者、犠牲者、さらには殉教者?という描き方でした。


『細雪』も女性が主役であるがゆえに、

かえって男である本家の兄さんが、

どの程度注目されているのか、いないのか、

しっかり見たいと思います。



4、猫の鈴ちゃんは登場するか?

姉妹の家には、鈴という高齢のメス猫がいて、

この子が最後に出産します。


鈴は、毎年のように妊娠して、出産経験豊富ですが、

その分高齢なので、姉妹も手伝います。


ちなみに猫は、発情期がある上に、交尾の後に排卵するので、

受胎率はほぼ100パーセント。


さらに戦前は、ペットの避妊手術も、

普通ではなかったでしょうから、


鈴ちゃんの度重なる妊娠・出産は、メス猫の運命であり、

「そういうものだから」という現象だと思います。


『細雪』の最後は、この鈴の出産と、

四女・妙子(こいさん)の出産が、

パラレルで描かれます。


妙子の妊娠が「そういうもの」なのかどうかは、

どうでしょうね。

特に平成初期では、微妙かもしれません。


それはともかく、この鈴ちゃんは、

妙子の分身ともいえる、重要な存在です。


だからドラマで、鈴が登場するか、

登場する場合、出産シーンがあるかどうか、

とても楽しみ。


私の予想では、出産シーンは、ない。

猫の新生児を調達するのが、大変そうだから。


でも、鈴は、時々写るんじゃないでしょうか。

今、猫ブームですし。


芦屋の家には、犬もいたと思いますが、

戌年が明けたばかりですので、

その子も出るかもしれませんね。


二匹一緒に、ぜひ登場してほしいです。



「平成細雪」、楽しみたいです101.png


by 川崎


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# by eikokushosetsu | 2018-01-03 10:33 | 映画と文学

きくち ちき 作『ねこのそら』(2015年)と『こうまくん』(2016年)

今日は、きくちちきさんの絵本を、

二冊、ご紹介します。



実際見ていただくのが一番ですので、

私の受けた印象を中心に書きます。


1冊目は、『ねこのそら』。


小さいねこと、

大きな木の話。



木の葉の色が変わっても、

木の幹は、ずっと同じ黒い色。



絵本にしては珍しい、

黒が目立つ本です。


読み進めるにつれ、

いつも変わらぬ幹の色は、

宇宙の色に、見えてきます。


それから、

生の最初の話であると同時に、

最後の話にも、思えてきます。


最後に、ある色が出てくると、

鳥肌が立ちました。



きくち ちき 『ねこのそら』講談社、2015年↓




2冊目は、『こうまくん』です。


こちらは、明るい色が、

ページいっぱいに広がる、

楽しい絵本。


こうまくんが、走るお話です。



こうまくんにとって、

走ることは、


できることであり、

しなくてはならないことであり、

やりたいことなんですね。


この本も、

最後に、ある色が出てくると、

本当にうれしくなります。



パワースポットみたいな絵本です。


きくち ちき『こうまくん』講談社、2016年↓




by 川崎


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# by eikokushosetsu | 2017-12-03 19:02 | 小説と芸術

マイク・リー監督『キャリア・ガールズ』(1997年)とエミリー・ブロンテ『嵐が丘』(1847年)

前回『マイ・ベストフレンド』について書きましたが、

マイク・リ―監督の

『キャリア・ガールズ』(CareerGirls, 1997)にも

『嵐が丘』(WutheringHeights, 1847)が出てきました。


この映画も、女性二人の話ですが、

『マイ・ベストフレンド』とは、

二人の関係や、『嵐が丘』の使い方が、

違っていて面白いので、ご紹介しますね。


「キャリア・ガールズ」の画像検索結果


『キャリア・ガールズ』は、

大学時代、ロンドンでアパートをシェアしていた、

ハンナ・ミルズ(カトリン・カートリッジ)と

アニー(リンダ・ステッドマン)の話です。


二人は大学卒業後、6年ぶりに再会し、

数日を一緒に過ごします。

その数日間と、大学時代の出来事が、

交互に描かれます。


二人の学生時代、

ハンナは、英文学専攻。

しっかり者で、性格はきつめ。


アニーは、心理学専攻。

心優しく、重めのアレルギー持ち。


ハンナは、自分で考案した占いを、時々します。


それは、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』に向かって、

「ミズ・ブロンテ、ミズ・ブロンテ」と唱え、

「いつ彼氏ができますか?」などと質問し、


パッと頁を開いて、最初に見えた単語を、

答えとする占いです。


「ミス・ブロンテ」(Miss Brontë)ではだめで、

「ミズ・ブロンテ」(Ms Brontë)と

呼びかけなくては、なりません。


Ms」は未婚・既婚の区別なく、

女性の名前につけられますので、

ハンナは、女性を、

婚姻状態で区別したくないのでしょうね。


『嵐が丘』の本。

映画に出てきたのとは違う版ですが、大体こんな感じ↓

Emily Brontë, Wuthering Heights. Lulu.com, 2015.



再会した二人は、

豪華マンションを見学したり、

中華料理屋でディナーしたり、

昔住んでいたアパートを見に行ったりし、

最後に、キングスクロス駅で別れます。


回想される学生時代のところでは、

アニーがハンナのアパートに

越してくるところから始まって、


心理学専攻のリッキーと交流したり、

エイドリアンという男子学生と三角関係になったりし、

最後に、二人で泣きながら、アパートを引き払います。


ただ、ハンナとアニーは、いわゆる親友では、ありません。

学生時代も、ハンナがアニーの皮膚炎をからかって、

アニーが泣いてしまったり、


再会後も、アニーが抱えてきたお土産を、

ハンナがなかなか開けなかったり、

あれ?という感じです。


『マイ・ベストフレンド』のミリーとジェスは、

ソウルメイト的同志で、

きわどい冗談も言いますが、


相性が抜群によく、

自然に尊重し合える関係でした。


だからこそ、ミリーが病気になってから、

二人の仲が危うくなるところが、

ドラマになったんですね。


他方、ハンナとアニーの関係は、

友達というより、きょうだいに近いかも。


友達は、仲良くする必要がないのに、

一緒にいて楽しいから、一緒にいる関係。


きょうだいは、相性の良し悪しに関係なく、

偶然同じ家に住み、人生をシェアする存在。


同居人だったハンナとアニーは、

きょうだい的なのでしょう。

実際、卒業後は、6年会っていませんでした。


そして中華料理屋のディナーで、

アニー「私たちに乾杯!」

ハンナ「うん、ブロンテ姉妹に!」

と、自分たちをブロンテ姉妹にたとえます。


ハンナが占いに使う『嵐が丘』の表紙に、

エミリーの肖像画が描かれていたり、

語りかけるのが、ヒースクリフやキャサリンではなく、

エミリーであることは、


ハンナにとって、『嵐が丘』の内容そのものより、

作者が大事であることを、示しているのでは?


多分ハンナにとって、

ブロンテ姉妹は、理想の姉妹。


この後の会話でわかるのは、

ハンナには本物の姉妹がいますが、

アル中のお母さんが、

いつもその人をほめ、自分のことはけなすので、

関係がいま一つであること。


ブロンテ姉妹は、

もしきょうだいじゃなかったら、

どのくらい仲良くなったかは不明ですが、


実際は、きょうだいに生まれたので、

共に詩や物語を作る、

クリエイティブな関係を築きました。



アンドレ・テシネ監督『ブロンテ姉妹』(1979年)↓

今ブレイク中の、イザベル・ユペールも。

「ブロンテ姉妹 映画」の画像検索結果




BBCドラマTo Walk Invisible2016年)↓

誰が姉妹のどれか、わかりますか?

「to walk invisible」の画像検索結果



(映画をこれから見る方は、

この辺で読むのをやめた方がよいかもしれません)


キングスクロス駅で別れる時、

ハンナはアニーにプレゼントをあげます。

それは、懐かしい、あの『嵐が丘』。

エミリーの肖像画も見えます。


これを使い、久しぶりに、占いをします。

アニーの質問は、

「将来、本物の幸せをつかめますか?」


ハンナが、えいっと、本を開いて見つけた答えは、

「痛み」でした。


再会した二人が、

学生時代を回想する設定だったので、

ずっと、現在の二人の落ち着きが目立っていましたが、


最後の最後で、

これから長い人生を生きなければならない、

二人の若さが、

胸に迫るエンディングでした。


by 川崎


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# by eikokushosetsu | 2017-11-23 09:44 | 映画と文学

『英国小説研究』を発行する同人のブログです
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