日本ハーディ協会第61回大会(新妻昭彦より)

詩人でもあった小説家トマス・ハーディ(1840-1928)

愛好・研究する者たちの集まりが日本ハーディ協会です。


設立されて61年になります。


「『英国小説研究』同人」では、現在、10名の同人が所属しています。


ほかの学会・協会と同様に、例年、大会を開催しています。

今年は、1020日に徳島大学で開催いたします。


新妻昭彦


日時: 2018年10月20日(土) 10:00~17:30 (受付9:30より).
場所: 徳島大学 常三島キャンパス 教養教育4号館201講義室 

(〒770-8502 徳島県徳島市南常三島町1-1, 電話: 088-656-7308 教養教育院、 URL http://www.tokushima-u.ac.jp/)。

内容:
 開会の辞 (10:00)

  総合司会 渡千鶴子(日本ハーディ協会庶務委員長・関西外国語大学教授)

 

研究発表 (10:05~11:20)

  司会 永松京子(中央大学教授)
   1 原雅樹(広島市立大学講師)
    『熱のない人』と賭博熱
   2 工藤紅(立正大学講師)
    『森林地の人々』における女たちの “delusion”

 研究発表 (11:25~12:00)

  司会 宮崎隆義(徳島大学教授)
   3 福原俊平(福岡大学准教授)
    Tess of the d'Urbervilles における共感と身体性

 

総会 (13:10~13:40)

  司会 並木幸充(日本ハーディ協会事務局長・東京理科大学教授)
  ○役員改選 ○会計報告 ○編集委員会報告(会報・協会ニュース) ○次期大会について ○その他

 

シンポジウム (13:50~15:50)

  誌上シンポジウム ‘Candour in English Fiction’ を考える
   司会・講師 上原早苗(名古屋大学教授)
   講師 麻畠徳子(大阪成蹊短期大学講師)
   講師 浮岳靖子(岐阜聖徳学園大学非常勤講師)

 

特別講演 (16:10~17:20)

  司会 新妻昭彦(元立教大学教授)
  トマス・ハーディとウォーキング
  講師 中島俊郎(甲南大学名誉教授)

 

閉会の辞 (17:30)

  新妻昭彦(日本ハーディ協会会長・元立教大学教授)

 

懇親会 (17:40~ )

  場所 徳島大学生協食堂「キララ」2階 (〒770-8502 徳島県徳島市南常三島町1-1)
  電話 088-652-7308
  会費 5,000円

 

*共催: 徳島大学。

問合先: 〒162-8601 東京都新宿区神楽坂1-3 東京理科大学1号館1603A研究室内 日本ハーディ協会事務局(Eメール: jimu.thsjapanアットgmail.com)。

*Eメールの「アット」を「@」に変更してください。


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# by eikokushosetsu | 2018-10-09 10:26 | イベント情報

ディケンズ・フェロウシップ日本支部秋季総会のご案内(新野緑より)

ディケンズ・フェロウシップ日本支部秋季総会を以下の要領で開催します。

会員以外の方も自由に聴講していただけます。

奮ってご参加ください。

  • 日時:2018年10月13日(土)

  • 場所:神戸外国語大学 UNITY(ユニティ)[神戸研究学園都市 大学共同利用施設] 2階 セミナー室4
    〒651-2103 神戸市西区学園西町 1-1-1  ユニバープラザ2F

  • プログラム

    • 総会 (14:05~14:00)
      • 新野 緑(日本支部長)

    • 第1部 研究発表(14:20~15:00)

      • 長谷川 雅世(高知大学)
        • 筒井 瑞貴(神戸大学)
          「Barnaby Rudge における偽装と犠牲」

    • 第2部 特別研究発表(15:15~15:55)

      • 金山 亮太(立命館大学
        • 桐山 恵子(京都府立大学)
          「ターヴィドロップ舞踊学院の徒弟の行く末―― 『荒涼館』および『リトル・ドリット』におけるダンス分析」

      第3部 ミニシンポジウム「ディケンズ批評の現在」(16:15~17:20)

      • 司会:玉井 史絵(同志社大学)
        • 講師:小西 千鶴(神戸市外国語大学)
          「Nicholas Marsh, Charles Dickens: Hard Times / Bleak House」
        • 講師:瀧川 宏樹(大阪工業大学))
          「Peter Merchant and Catherine Waters, eds., Dickens and the Imagined Child」

  • 懇親会 (17:40~19:40)
    • 会 場:神戸市外国語大学 三木記念会館
    • 会 費:一般 5,000円、学生 3,000円
    * 非会員の方も総会・懇親会に出席できます。

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    # by eikokushosetsu | 2018-09-28 16:10 | イベント情報

    Lakshmi Krishnan, Daniel Marchalik著「ハートブレイクを理解する―たこつぼ心筋症から『嵐が丘』へ」 

    医学誌『ランセット』に掲載された、

    『嵐が丘』のハートブレイクに

    関する記事のご紹介です。


    Lakshmi Krishnan, Daniel Marchalik,

    “Understanding heartbreak: from Takotsubo to Wuthering Heights

    The Lancet, vol.392, September 8, 2018.


    ここをクリック


    昔から芸術作品には、

    心に衝撃を受けて死ぬという

    現象が出てきますが、


    医学の世界では、1990年代に、

    日本人の佐藤光医師が、

    強い感情的ストレスで

    心疾患が起きるケースを


    「たこつぼ心筋症」

    Takotsubo cardiomyopathy

    として報告しました。


    心臓がたこつぼのような形になるそう。


    エミリー・ブロンテの『嵐が丘』(1847年)では、

    ヒースクリフが、別の人と結婚してしまった

    愛するキャサリンに、こう叫びます。


    おれはおまえのハートをブレイクしてない。

    ブレイクしたのはおまえだ。

    そしておまえのハートをブレイクすることで、

    おまえはおれのハートもブレイクしたんだ。


    ここでの「ハートがブレイクする」は

    比喩に過ぎません。


    体の丈夫なヒースクリフは、

    この後キャサリンが死んでも、

    何年も生き延び、苦しみ続けます。


    でも18年経つ頃には、

    キャサリンの存在を感じるようになり、

    毎日会おうと努力します。


    そしてやっと会えた!と思った時、

    過度の喜びでハートがブレイクし、

    翌朝死んでしまいます。


    つまり小説の中で謎になってる

    ヒースクリフの死因は、

    「たこつぼ心筋症」だったのかも

    しれないのですね。


    奇しくも、日本人医師が見つけた

    日本語の入った名前の病気で、

    とても不思議な気がしますね。


    話は変わりますが、

    『ランセット』には、

    博士論文作成中に、

    お世話になりました。


    1823年に創刊した、

    Thomas Wakleyさんに感謝です。


    農家出身の外科医

    (当時は内科医より身分が下)の

    ワクリーさんは、


    『ランセット』で熱く

    医療改革を訴え続けた

    勇敢な兵士でした。


    by 川崎


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    # by eikokushosetsu | 2018-09-19 23:41 | 小説と芸術

    マーク・フォスター監督『プーと大人になった僕』(2018年)

    マーク・フォスター監督の映画

    『プーと大人になった僕』(2018年)を

    見てきました↓






    1926年に出たA.A.ミルン作、

    E.H.シェパード絵の

    『クマのプーさん』(1926年)が

    原案の実写版です。


    一番の感想は。。。

    「大人のための映画だな」

    次に「ある意味、こわいかも」


    ディズニーの製作ですし、

    吹き替え版もあるので、

    小さい子用の映画でもあるでしょう。


    でも、主人公のクリストファー・ロビン

    (ユアン・マクレガー)みたいな大人の人は、

    感じるところがあるのではないでしょうか。


    この映画の最大のポイントは、

    動物たちが、

    ぬいぐるみであることだと思います。



    原作では、一番初めに、

    クリストファー・ロビン(ミルンの息子)が

    ぬいぐるみのプーを連れて

    階段をおりてきて


    ミルンらしき「私」に、

    「プーに何かお話をしてあげて」

    とお願いして、「むかしね」とお話が始まります。


    A. A. ミルン『クマのプーさん』石井桃子訳

    岩波書店、2000年↓






    そこからプーに生命が吹き込まれ、

    森の仲間たちとの物語が展開します。



    映画では、プーとその仲間たちは、

    ずっと、見るからに、ぬいぐるみのまま。

    (うさぎやフクロウはぬいぐるみじゃない設定)


    表情も、それほど豊かじゃなくて、

    だからかえって、

    こちらの気持ちを自由に投影できる。


    つまり、本物のぬいぐるみに

    対するのと同じ効果がありました。


    登場する動物のうち、

    どれか一つのぬいぐるみを持っていて、

    それを思い出した人も

    多いのではないでしょうか。


    ちなみに、主要登場ぬいぐるみは、

    クマのプーさん

    子豚のピグレット

    虎のティガー

    ロバのイーヨー

    カンガルーの親子のカンガとルーです。


    私も、生まれてからずっと、

    大きな(80センチくらい)

    クマのぬいぐるみをもってます。

    名前は「くまさん」。


    自分よりずっと背の高いくまさんを、

    抱きかかえるようにして立っている

    写真があったと思います。


    そのうち、くまさんの首が

    ぐらぐらになったので、

    包帯をまいてあげました。



    映画のプーが、もともと色が

    明るいベージュだったのが、

    古いぬいぐるみらしく

    汚れているのを見ると、

    しきりにくまさんを思い出し、


    そういえば、自分にも、

    あのくまさんより小さな頃があったんだと、

    あたりまえのことを思い出しました。



    ただ微妙なのは、

    子供時代を思い出したからといって、

    幸せな気持ちになるわけでもないこと。


    映画のクリストファー・ロビンが

    そうなんですけど、

    プーたちと森で遊んだ

    至福の子供時代が突然終わって、


    学校に入って、結婚して

    子供もできて、戦争に行って、

    ロンドンで仕事の鬼になって、


    そんな中、久しぶりにプーに会えたとき、

    喜ぶというより、困ってしまうんですね。


    そして忙しいからと、

    一生懸命、森に帰そうとする。


    つまり、子供時代の自分

    (=大人の自分が持つ子供の部分)を

    全力で抑圧しようとします。


    映画の前売り券を買ったら、

    ハガキ3枚がおまけでついてきたんですけど、

    そのうち2枚に


    Sooner or later, your past catches up to you


    書いてある。


    「そのうち過去が追いつくからね」って、

    考えようによっては、怖いです。


    子供時代の自分は、

    かなり本来の自分だと思います。


    だから、本当に好きなことを

    我慢している人、本当は嫌いなことを

    やっている人に、ある日突然、

    子供の頃の世界が迫ってきたら、


    クリストファー・ロビンと同じように、

    困りますね。



    最後はそれを乗り越えての

    ハッピーエンドでしたが、

    意外にも微妙な気持ちに

    させられた映画でした。


    見る人によるのでしょうか?

    それから、小学生くらいの、

    本物の子供が見ると、

    どう思うのでしょうね?


    見た人の感想が知りたくなる映画でした。


    by 川崎


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    # by eikokushosetsu | 2018-09-14 21:49 | 映画と文学

    荘中孝之・三村尚央・森川慎也編『カズオ・イシグロの視線 記憶・想像・郷愁 』

    新刊のご案内です。

    荘中孝之・三村尚央・森川慎也編
    『カズオ・イシグロの視線 記憶・想像・郷愁 』



    英国小説研究同人からは、金子幸男先生が、

    「執事、風景、カントリーハウスの黄昏
    『日の名残り』におけるホームとイングリッシュネス」

    を執筆しています。


    目次です↓


    まえがき
    「記憶の奥底に横たわるもの 『遠い山なみの光』における湿地」荘中孝之
    「芸術と家族を巡る葛藤 『浮世の画家』における主従関係」池園宏
    「『日の名残り』というテクストのからくり」斎藤兆史
    「『充たされざる者』をシティズンシップ小説として読み解く」三村尚央
    「二十世紀を駆け抜けて 『わたしたちが孤児だったころ』における語り手の世界と『混雑』した歴史の表象」菅野素子
    「『愛は死を相殺することができる』のか 『忘れられた巨人』から『わたしを離さないで』を振り返る」長柄裕美
    「『夜想曲集』における透明な言語」荘中孝之
    「記憶と忘却の挟間で 『忘れられた巨人』における集団的記憶喪失と雌竜クエリグ」中嶋彩佳
    「カズオ・イシグロと日本の巨匠 小津安二郎、成瀬巳喜男、川端康成」武富利亜
    「執事、風景、カントリーハウスの黄昏 『日の名残り』におけるホームとイングリッシュネス」金子幸男
    「英語の授業で読む『遠い山なみの光』 ネガティブ・ケイパビリティーを養う教材として」五十嵐博久
    「カズオ・イシグロの運命観」森川慎也
    カズオ・イシグロ作品紹介
    カズオ・イシグロ年譜
    カズオ・イシグロより深く知るための文献案内
    あとがき


    みなさまも、ぜひお読みくださいね101.png

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    # by eikokushosetsu | 2018-08-27 16:22 | 英国小説研究同人